1 はじめに|「時価」vs「評価額」?
相続税の話になると、よくこう言われます。
「時価はいくらだけど、評価額はいくらだった」
……はい、わかります。よくある会話です。でも、知っておいていただきたいのは、相続税法が原則として求めているのは、あくまで「時価」だということ。
・・・???
相続税法22条は、相続や贈与で財産を取得したとき、その財産は「取得の時における時価」で評価すると定めています。つまり本来、相続税は「その時点で売るならいくらか」という、市場の値段を基準に計算する税金です。
ただ、現実には――
その「時価」を一つひとつ出すのは大変です。手間も費用もかかるし、専門家が変われば数字がブレることもある。何より、納税者にとって予測しにくい。
そこで国は、時価にできるだけ近づきつつ、誰でも同じ物差しで計算できるように、標準的な計算方法を用意しました。これが、路線価や倍率方式など、いわゆる評価通達のルールです。
――ここまでは、合理的です。
ところが、標準ルールは便利な反面、市場の感覚とズレる場面が出てきます。普段は小さなズレでも、条件が重なると極端になり、「公平」と「納得感」を揺さぶるほどの差が生まれることがある。
ここが、今回の話の原点です。
2025年12月19日に公表された与党の税制改正大綱(案)では、最初の方から強い言葉でこう言っています。
税制への信頼を損なう租税回避には対応する
さらに、具体例として、「貸付用不動産の評価方法」を利用した租税回避を名指ししています。・・・ここ、実務的にはかなり重いです。
もちろん大綱は「方針」であって、最終的に法律や通達として固まるのはこれから。でも、「国がどこに目をつけているか」ははっきり出ています。
「この分野、放置しませんよ」
と宣言したようなものです。
2 始まりとしての「札幌タワマン訴訟」:なぜあの時、剣は抜かれたのか
ここで最高裁令和4年4月19日判決(いわゆる札幌タワマン訴訟)を原点として押さえます。
94歳の被相続人が、相続が起きる前にタワマン(区分所有)を購入しました。
借入金も使い、上手に相続税対策をしたんですね。その結果、相続税の申告では、国の標準ルール(評価額)で計算したところ、相続税が0円になった。
ところが税務署は「いや、このケースでそれはさすがに不公平だ」と言って、鑑定評価など別の方法で評価し直し、結果として相続税総額が約2.4億円になる更正をした
――という事件です。
ここで大事なのは、「タワマンが悪い」とか「借金が悪い」とか、そういう話ではありません。問題はもっと単純で、こういう衝突です。
納税者:「ルール通りにやっただけ」
税務署:「そのルールの結果が、さすがに“時価”としておかしい。公平じゃない」
そして最高裁は、ざっくりこう言いました。
最高裁のメッセージ(超要約)
標準ルール(評価額)は便利で、基本はそれでいい。
でも、極端なケースでは、標準ルールの結果をそのまま「時価」と扱うと公平が壊れることがある。
そのときは、例外的に標準ルールから外れることが許され得る。
こうして税務署の判断を認めました。でも、最高裁は、税務署に「何でもできる剣」を持たせたわけではありません。ただ、「絶対に標準ルールだけ」でもないとした。
ここが重要です。
3「主観」の泥沼から逃げるために、国は“盾”を作りに行く
ここからが、今回の本筋につながります。
最高裁は、安易に「行政が自由に例外を作れる」ことを許しませんでした。一方で、極端な場合には例外を認める枠組みは残した。
これはいたってまっとうな判断ですが、実務目線で見ると、こういう問題が残ります。
「この人は節税目的が強かったのか?」
「この取引に経済的な合理性があったのか?」
「どこからがアウトなのか?」
これ、結局「意図」みたいな話になって、争いになると沼ります。そもそも判断基準として明確じゃないですから。
だから国は考える。
「だったら、争いになる前に、客観的なルールを作ってしまおう」
これが「盾」です。
こうして令和6年(2024年)から、タワマンなど区分所有の評価について、一定の補正ルール(区分所有補正率)が導入されました。そして今回の大綱では、さらに一歩進めて、貸付用不動産の評価方法を利用した租税回避を名指しした。
これは、「個別に剣で切る」のではなく、最初から盾で防ぐ(ルールで潰す)方向性を宣言しているようなものです。
4 じゃあ、私たちは何をすればいいのか(ここが本題)
ここから先は、わりと身もふたもない話をします。
税制は固定された正解ではない。動く前提で考えた方がいい。
節税スキームって、「今は通る」ってところから入ることが多いです。でも国が公平感を重視し始めると、ルールは動きます。
これって、いたちごっこです。国から言えばいたちごっこ、でも、私たちからしたら、捕まるかどうか運次第、ってやつです。
税金を減らすこと自体が悪い、なんて言いません。でも、運次第の相続対策でいいんですか?って話です。
もっと言います。
裏技探しをして、その裏技が通じるうちに自分が亡くなることを望むんですか?
嫌な言い方でごめんなさい。でも「国が気づく前に逃げ切れたら勝ち」って、結局そういうことになりませんか?
私たちは亡くなるまでは生きています。その生きている時間を充実させ、そのうえで本当に大切なのは、たぶんこっちです。
- 税を払ったあとに、家族の財産(生活の基盤)を最大化できる
- 相続人が「納得」できる(揉めにくい)
- 相続後に家族がギスギスせず、前を向ける(幸福感)
ここに真正面から取り組む相続対策。私は、そこに戻ってくるべきだと思っています。
確かに相続税は、知らないとものすごく損をします。それは本当で、きちんと対策した方がいい。そして、「見ようによっては後出しじゃんけん」みたいな国のやり方に対して納得いかないという声も理解できないではない。ですが、税金を払うというのは最低限の社会貢献の一つでもあります。あえて損をする必要は全くありませんが、社会の公平感とのバランスを失ったとき、国が動くかもしれない、ということは頭に入れておきたいと思います。
※具体的な税額計算・申告は税理士業務です。当事務所は相続全体の設計と手続を支援し、税務は税理士と連携します。

