
あいつはとっくに勘当したんだ

もう何十年も連絡ないのよ。財産なんて渡したくないわ。
遺言書の相談では、ときどき、疎遠になったお子様がいらっしゃる場面があります。
そんなとき、上のような言葉を聞くことがあります。
親子関係は、外から見えない事情がある場合もあります。
介護をしてくれた子。
生活を支えてくれた子。
反対に、長年音信不通だった子。
けんか別れをして、「もう親子ではない」と感じている子。
でも、相続ではまず「法律上の親子関係」が出発点になります。
疎遠であること、勘当したと思っていること、今の家族だけで暮らしていること。
それだけで、子どもが当然に相続人から外れるわけではありません。
一方で、子どものように親しくし、高齢になってからは世話をしてくれた人が、
法律上は相続人ではないこともあります。
この記事では、疎遠な子どもがいる場合の遺言書の考え方を整理します。
まず結論|確認すべきことは3つです
疎遠な子どもがいる場合、最初に確認したいのは次の3つです。
1. 法律上の親子関係があるか
法律上の親子関係があれば、長年会っていない子でも、原則として相続人に含まれます。
- 前妻・前夫との子
- 認知した子
- 養子縁組をした子
- 長年連絡を取っていない子
- けんか別れをした子
「今の家族だけで相続できる」と思っていても、戸籍を確認すると、別の相続人がいることがあります。
ただし、相続欠格、推定相続人の廃除などがある場合は別です。
なお、相続放棄は相続開始後に相続人本人が行う手続きです。親が生前に、子どもへ一方的に相続放棄をさせることはできません。
2. 連れ子は、養子縁組をしているか
再婚相手の連れ子は、少し注意が必要です。
幼いころから一緒に暮らしていた。
学費や生活費を出していた。
親子のように過ごしていた。
そうした事情があっても、養子縁組をしていなければ、法律上の親子関係はありません。
そのため、連れ子は原則として相続人にはなりません。
反対に、養子縁組をしていれば、法律上の子として相続人に含まれ、遺留分が問題になることもあります。
つまり、連れ子については2つの誤解が起きます。
- 疎遠になった連れ子に、遺産を渡さなければならないと思い込む。
- 世話をしてくれた連れ子に、当然に財産が渡ると思い込む。
どちらも、養子縁組の有無を確認しないまま判断しないことが大切です。
3. 遺留分を請求された場合に、現金で対応できるか
遺言書を作れば、誰にどの財産を残すかを指定できます。
- 自宅は配偶者に相続させる
- 預貯金は同居の子に相続させる
- 世話をしてくれた連れ子に現金を遺贈する
- 疎遠な子には財産を取得させない
ただし、子どもの遺留分を当然に消せるわけではありません。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の一定の相続人について、遺言書を作るときに考慮しておきたい権利です。遺留分を下回る配分にすると、相続開始後に金銭の支払いを求められる可能性があります。
ここで問題になるのは、請求そのものだけではありません。
実際に払える現金があるかです。
たとえば、自宅を同居の子に残したい場合。
財産のほとんどが自宅で、預貯金が少ないと、遺留分を請求されたときに現金で対応できないことがあります。
遺留分対策で大切なのは、もし請求された場合でも、
残された人が困りにくい状態を作ることです。
「勘当した子」は相続人から外れるのか
親子げんかの末に、こう言ってしまうことがあります。

おまえなんて勘当だ!親子の縁もこれまでだ!
家族の気持ちとしては、それで関係が切れたように感じるかもしれません。
しかし、法律上の親子関係は、親の一言で消えるものではありません。
実子であれば、勘当した、家を出ていった、長年連絡を取っていないという事情だけで、当然に相続人でなくなるわけではありません。
相続人から外す制度として、推定相続人の廃除があります。
廃除とは、被相続人に対する虐待、重大な侮辱、その他の著しい非行などがある場合に、家庭裁判所の関与によって、その人を相続人から外す制度です。
ただし、これは簡単に認められる制度ではありません。
単なる不仲。
長年の音信不通。
親が一方的に「勘当した」と思っている状態。
それだけで、当然に廃除されるわけではありません。
また、廃除が認められても、その子に子どもがいる場合は、代襲相続が問題になることがあります。つまり、廃除だけで、その家系全体を当然に相続から外せるわけではありません。
「勘当したから関係ない」と決めつけず、法律上の親子関係が残っているか、廃除などの例外があるかを分けて確認することが大切です。
コラム|連れ子には「渡したくない場合」と「残したい場合」がある
再婚相手の連れ子については、2つの方向で誤解が起きやすくなります。
疎遠になった連れ子に、渡さなければならないと思っている場合
再婚相手の連れ子と、昔は一緒に暮らしていた。
でも、今は疎遠になっている。
この場合、まず確認するのは、養子縁組をしているかどうかです。
養子縁組をしていなければ、原則としてその連れ子は相続人ではありません。
反対に、養子縁組をしていれば、法律上の子として相続人に含まれ、遺留分も問題になることがあります。
「昔一緒に暮らしていたから相続人になる」
「連れ子だから相続人ではない」
どちらも、養子縁組の有無を確認しないまま決めつけない方が安全です。
世話をしてくれた連れ子に、財産を残したい場合
反対に、連れ子が長年世話をしてくれたケースもあります。
通院に付き添ってくれた。
生活を支えてくれた。
実の子よりも近くで面倒を見てくれた。
このような場合でも、養子縁組をしていなければ、連れ子は原則として相続人ではありません。
つまり、遺言書がなければ、財産を残したい相手に何も渡らない可能性があります。
世話をしてくれた連れ子に財産を残したい場合は、遺言書で遺贈することを検討します。
ただし、実子や配偶者など、ほかに遺留分のある相続人がいる場合は、その遺留分にも配慮が必要です。
疎遠な子どもがいる相続では、
「渡したくない人が相続人になる」ことだけでなく、
「渡したい人が相続人ではない」こともあります。
疎遠な子どもがいる場合の遺言書で大切な3つの工夫
1. 公正証書遺言を優先的に検討する
疎遠な子どもがいる場合は、公正証書遺言を優先的に検討します。
自筆証書遺言は手軽ですが、形式不備や保管の問題が起きることがあります。

「本当に本人が作ったのか」
「誰かに書かされたのではないか」
「遺言書が隠されたのではないか」
こうした疑いが出ると、残された家族の負担が大きくなります。
公正証書遺言は、公証人が関与して作成され、原本は公証人が保管します。また、公正証書遺言では家庭裁判所の検認手続きが不要です。
自筆証書遺言を使う場合は、法務局の自筆証書遺言書保管制度も選択肢になります。
この制度では、家庭裁判所での検認が不要になります。ただし、法務局は遺言内容の相談には応じず、保管された遺言書の有効性を保証する制度でもありません。
2. 遺言執行者を指定する
遺言執行者とは、遺言内容を実現するために手続きを進める人です。
疎遠な子どもがいる場合は、遺言執行者を指定しておくと、相続開始後の窓口が明確になります。
遺言執行者がいる場合は、遺言内容の通知、財産目録の作成、遺贈の実行に向けた手続き整理などを進めます。ただし、不動産登記や税務判断が必要な場合は、司法書士・税理士等と連携します。
また、遺言執行者が就任した場合は、相続人への通知が必要になります。
「疎遠な子に知らせなければ大丈夫」
という発想ではなく、正式な手続きで進めることが重要です。
3. 付言事項で配分理由を残す
付言事項とは、遺言書に添える「想い」や「理由」の部分です。
法的な効果を直接生む部分ではありませんが、相続人に事情を伝える役割があります。
長女は長年同居し、私の通院や生活を支えてくれました。
そのため、自宅は長女に相続させることにしました。長男とは長年交流がありませんでしたが、遺留分に配慮して預貯金の一部を取得させることにしました。
ここで大切なのは、悪口を書かないことです。
「許せない」
「親不孝だ」
「顔も見たくない」
こうした言葉は、残された人の対立を深めることがあります。
付言事項には、恨みを書かない方がいいでしょう。
やってはいけない対応
全財産を一人に残すだけで、現金設計をしない
「全財産を長女に相続させる」
この一文だけでは、遺留分への備えとして不十分なことがあります。
請求を受けたとき、長女が現金を用意できなければ、相続後の負担が重くなります。
不動産は、固定資産税評価額、相続税評価額、時価など、場面によって見る評価が異なります。
自宅など不動産が財産の中心にある場合は、どの評価を前提にするか、現金で対応できる余地があるかを確認しておきたいところです。
「ハンコ代を払えばよい」と考える
疎遠な子どもがいる相続では、こう考えてしまうことがあります。

遺言書なんて書かなくても、相続開始後に少しお金を払って、遺産分割協議書に印鑑を押してもらえばいいよね
遺言書がなく、相続人が複数いる場合、遺産はまず相続人全員の共有状態になります。その財産を「誰が何を取得するか」まで決めるには、相続人全員による遺産分割協議が必要になります。
かつて、農村などでは、田畑や家屋敷などを長男がすべて受け継ぐことがあり、その際に、他の兄弟に、「ハンコ代」などと呼ばれる謝礼を渡して、遺産分割協議書に印鑑を押してもらうこともあったようです。
ですが、大切なのは、相続人本人が内容を理解し、納得して合意することです。
「少し払えば済む」
「押してもらえば終わる」
「詳しく説明しなくてもよい」
という考え方は、後日のトラブルにつながることがあります。
※ 相手方との条件調整や交渉が必要になる場合、行政書士が間に入って交渉することはできません。争いがある場合や、合意条件をめぐって対立がある場合は、弁護士に相談する必要があります。
悪口を書く
付言事項に気持ちを書くこと自体は悪いことではありません。
ただし、悪口や恨みだけを書くと、相続人の感情を刺激します。
書くべきなのは、誰を責める言葉ではなく、なぜその配分にしたのかという理由です。
まず確認したいチェックリスト
疎遠な子どもがいる場合、遺言書を作る前に次の点を確認します。
- 疎遠な子どもと法律上の親子関係があるか
- 前妻・前夫との子、認知した子、養子縁組をした子がいるか
- 「勘当した」と思っている子との法律上の親子関係が残っているか
- 再婚相手の連れ子と養子縁組をしているか
- 世話をしてくれた連れ子など、財産を残したい相手が法律上の相続人に含まれるか
- 自宅など不動産が財産の中心になっていないか
- 遺留分侵害額請求を受けた場合に、現金で対応できる余地があるか
- 遺言執行者を指定するか
- 付言事項に配分理由を残すか
- 遺言書を作る時点で、判断能力に不安がないか
遺言書は、作成時に遺言者の判断能力が問題になることがあります。
認知症の診断がある、会話や理解に不安がある、家族間で後日の争いが予想される場合は、遺言の有効性が争われる可能性もあります。
そのため、必要に応じて、医師の診断書、専門職との面談記録、公正証書遺言の利用など、作成時の状況を残す工夫も検討します。
それでも、これらは遺言書の有効性を当然に保証するものではありません。不安がある場合は、早めに専門家へ相談し、本人の意思を確認できるうちに準備を進めることが大切です。
まとめ|遺言書は、罰するためではなく、想いを伝えるため
疎遠な子どもがいる相続では、感情が先に出やすくなります。
「あの子には渡したくない」
「勘当したから関係ない」
「世話をしてくれた人に残したい」
「今の家族を守りたい」
その気持ちは自然です。
ただ、相続では感情だけでは手続きが進みません。
まず、法律上の親子関係を確認する。
次に、誰が相続人で、誰が相続人ではないかを確認する。
そのうえで、遺留分を見込み、現金で対応できるかを考える。
そして、遺言書の形と、残す言葉を決める。
この順番が大切です。
遺言書を作る目的は、疎遠な相続人を罰することではありません。
残された人が、相続後に手続きを進めやすくすること。
そして、なぜその分け方にしたのか、遺した人の想いが伝わるようにすることです。
疎遠だった時間があるからこそ、財産の行き先だけでなく、理由を言葉にして残しておく意味があります。
免責・取扱領域
本記事は、一般的な情報提供を目的としたものです。個別の財産内容、家族関係、不動産の状況、遺言の有無、税務上の取扱いなどにより、必要な対応は異なります。
本記事の内容は、家族間で状況を整理するためのものです。相手方を説得したり、条件交渉を代わりに行ったりするものではありません。当事者間に争いがある場合や交渉が必要な場合は弁護士へ、相続税や贈与税の判断は税理士へ、不動産の相続登記は司法書士へ、不動産の査定や売却は不動産会社等へ相談してください。
金融機関等の相続手続は、各機関の案内や必要に応じた専門職の関与を確認してください。
行政書士は、争いがない前提での事実整理、書類作成、手続きの順番整理、必要な専門家への橋渡しを行います。交渉代理は行いません。
行政書士・相続診断士 岸 也数志(きし やすし)
行政書士事務所つなぐ 代表

高齢者施設の現場で、多くの高齢者の暮らしや、ご家族が抱える悩みに触れる。
一方で、相続税対策としての投資用不動産の提案にも携わってきた経験を持つ。
ホスピスでのボランティア経験からは、相続を財産の分け方だけでなく、ご本人の人生や想いを家族へつなぐ機会として捉えることを学ぶ。
「ご本人が歩んできた人生や大切にしてきた想いを、家族の『ものがたり』として未来へつなぐ」
この視点を大切に、高齢期の暮らしと財産の両面を見てきた経験をもとに、人生の後半における暮らしの支援と相続対策を中心に業務を行っている。
相続やこれからの暮らしについて迷っている方へ
行政書士事務所つなぐでは、現在の状況を伺いながら、必要な準備や手続き、相談先を分かりやすく整理します。「まだ相談するほどではないかも」と感じる段階でも、まずはお気軽にお話しください。

