「お母さまが入院中なら、娘さんに代わりに署名していただければ大丈夫ですよ」
母親の退院後の生活を考え、介護施設への入所を準備している娘が、施設の担当者からそう言われました。
母親は入院中ですが、判断力には問題がありません。入所する施設についても説明を受け、本人が納得して決めています。ただ、外出して契約の席に出ることはできません。娘も、母親から「手続きをお願いね」と頼まれています。代わりに署名することに、特に抵抗はありません。
しかし、ここで確認しておきたいことがあります。
娘は、母親が決めたことを代わりに書くのでしょうか。それとも、母親の代理人として契約するのでしょうか。さらに、娘自身が保証人になるための署名も求められているなら、保証人としての責任が生じます。
同じ「家族が署名する」という行為でも、その立場によって意味が変わります。
1.母親が決めたことを、娘が代わりに書く――代筆
この例の母親は、施設への入所や契約について自分で判断できます。施設へ行けないからといって、娘が代わりに契約する必要があるとは限りません。
例えば、施設から届いた契約書を母親が確認し、必要な説明を受けて、病院で署名することもできます。施設と相談し、契約書を郵送したり、娘が届けたりして手続きを進めることも考えられます。
一方、母親が病気やけがで手を動かせず、自分では名前を書けない場合もあります。そのときに考えられるのが「代筆」です。
代筆とは、本人が決めたことを、別の人が代わりに書くことです。
娘が母親の名前を書いても、契約の当事者は母親です。娘は、母親の意思を書面に記す作業を手伝っています。自分で文字を書けないけれど、契約を理解して判断することはできるのです。
介護サービスの説明や同意に関する自治体の指導資料でも、本人が署名できない場合に、家族等が代筆する方法が示されています。ただし、本人が契約内容を理解し、同意していることが前提になります。本人が何も決めていないのに、家族が名前を勝手に書いたとしても、それでは本人が同意したことにはなりません。
代筆するときは、事前に施設と記載方法を確認します。
誰が、なぜ代筆したのか。本人に何を説明し、本人がどのように理解や同意を示したのか。こうした経緯も記録しておけば、後から本人の意思に基づく手続きだったかを確かめられます。
2.娘が母親に代わって契約する――代理
では、母親が「入所契約の手続きは、娘に任せたい」と考えている場合はどうでしょうか。この場合には、娘が母親の「代理人」として契約する方法があります。
代理人は、与えられた権限の範囲で、本人に代わって契約などを行います。母親が娘に入所契約を結ぶ権限を与え、娘がその範囲で、母親の代理人であることを示して契約する。そうして結んだ契約の効果は、原則として母親に生じます(民法99条)。
代筆との違いは、次のとおりです。
- 代筆: 母親自身が契約を決め、娘は文字を書く作業を手伝う。
- 代理: 娘が与えられた権限の範囲で、母親に代わって契約を結ぶ。
代理の場合でも、娘が施設や契約条件を自由に決めてよいとは限りません。
母親が施設や条件を決め、その内容で契約する手続きだけを娘に任せる場合もあります。何を任されているかによって、娘ができることは変わります。
また、親子だからという理由だけで、娘が当然に母親の代理人になるわけではありません。施設も、本当に母親から任されているのか、今回の入所契約まで任されているのかを確認する必要があります。そのため、委任状の提出や、母親本人への確認を求められる場合があります。
なお、委任状は、本人から与えられた権限を確認するための書類です。本人が委任する意味を理解できない状態で、家族が委任状を用意し、本人の名前を書けばよいというものではありません。
「代理署名」「署名代行」といった言葉が使われていても、その呼び方だけでは、代筆なのか代理なのかわかりません。「代わりに署名してください」と言われたときは、どちらの意味なのかを確認してください。
3.家族自身が責任を負う署名――保証人・身元引受人など
(1)家族の署名欄は何を意味している?
施設の契約書には、入所する本人の署名欄とは別に、家族の署名欄があることがあります。例えば「緊急連絡先」「身元引受人」「連帯保証人」といった欄です。
これらは、本人の代筆や代理とは役割が違います。この場合、実際には様々な立場での署名となります。
| 立場 | 主な役割 |
|---|---|
| 代筆者 | 本人が決めたことを、代わりに書く |
| 代理人 | 与えられた権限に基づき、本人に代わって契約する |
| 緊急連絡先 | 本人の体調急変時などに、施設からの連絡を受ける |
| 連帯保証人 | 保証契約で定めた範囲で、本人の未払い利用料などについて支払いの責任を負う |
| 身元引受人・身元保証人 | 契約書に定められた役割を担う。名称だけでは責任の範囲はわからない |
たとえば、緊急連絡先として登録されただけで、当然に本人の利用料を保証する義務が生じるわけではありません。一方で、連帯保証人として契約すれば、本人の未払いなどについて、家族自身が支払いを求められることがあります。
「身元引受人」「身元保証人」は、具体的にどのような役割を担うのか、契約書の内容を読む必要があります。緊急時の連絡だけでなく、入院や退所の際の対応、費用の保証、亡くなった後に施設に残された荷物の引き取りなどが含まれている場合もあります。施設が求める役割は、名称だけでは判断できません。
また、一人の家族が複数の役割を求められる場合もあります。たとえば、娘が母親の代理人として入所契約を結び、同時に、娘自身が連帯保証人になるような場合。この場合、母親のために契約することと、娘自身が支払いを保証することは、別の約束です。
署名欄の肩書名だけで判断せず、自分が何を引き受けるのかを、契約書の本文で確かめてください。
(2)連帯保証人になるなら「極度額」を確認する
施設の利用料は、入所後も毎月発生します。入所が何年続くのか、将来、未払いがいくらになるのかは、契約時にはわかりません。このように、今後発生する利用料など、一定の範囲の債務をまとめて個人が保証する契約を「個人根保証契約」といいます。
2020年4月1日以降に結ぶ個人根保証契約では、保証人が責任を負う上限額である「極度額」を定めなければ、保証契約の効力は生じません(民法465条の2)。
例えば、極度額が100万円なら、その保証契約に基づく家族の支払責任は、原則として合計100万円が上限です。100万円を必ず支払うという意味ではありません。保証の対象となる未払金などが発生した場合に、その額に応じて、上限の範囲で責任を負います。
(ここでいう100万円はあくまでも説明のための例であり、法律で決められた一律の金額ではありません。また、保証の対象には、未払利用料だけでなく、損害賠償などが含まれる場合もあります。)
なお、「すでに発生している9月分の未払利用料10万円だけを保証する」というように、特定の債務だけを保証する契約は、根保証ではありません。その場合には、個人根保証についての極度額のルールは適用されません。
施設への入所時に、今後発生する利用料などを家族がまとめて保証するなら、個人根保証に当たります。署名前に、何を保証するのか、極度額はいくらなのかを確認してください。
4.施設が求める役割と、家族が引き受ける役割を分ける
施設から「ご家族の署名をお願いします」と言われても、何のための署名なのかは、それだけではわかりません。緊急時の連絡先として名前を記すのか。それとも、本人の未払いについて支払いの責任を負うのか。
家族は連絡先になるつもりでも、契約書には連帯保証人としての責任が書かれているかもしれません。
「家族だから署名する」と考えず、その署名で何を引き受けるのかを確認してください。
内容がわからなければ施設に説明を求め、引き受けられない役割や責任があれば、署名する前に伝えて相談してください。
5.ご本人が契約を理解できない場合
ここまでは、母親が契約を理解し、自分で判断できる場合を考えてきました。では、認知症などで、契約を理解することが難しくなっている場合はどうでしょうか。
まず、本人が理解して判断できるように支援します。そのうえで、本人による契約が難しい場合には、誰がどの権限で契約するかを検討します。
本人が理解できる説明をする
認知症と診断されたことだけで、すべての契約ができなくなるわけではありません。
自分がしようとしていることの意味や結果を理解し、判断する能力を、法律では「意思能力」といいます。民法は、意思表示をした時に意思能力がなかった場合、その法律行為は無効としています(民法3条の2)。契約についても、そのとき、その契約を理解して判断できたかどうかが問われます。
長い契約書を一度に読み上げられても、理解するのは難しいかもしれません。しかし、大切な点を一つずつ説明すれば、理解できる場合があります。
写真や見学を通じて、これからどこで、どのように暮らすのかがわかることもあります。静かな場所や、本人の体調がよい時間を選ぶこともできます。
こうした工夫をしないまま、「認知症だから、家族に決めてもらう」と進めるべきではありません。
厚生労働省は、認知症の人が自分の意思に基づいて暮らせるよう、周囲の人がどう支援するかをまとめた「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」を公表しています。このガイドラインは、「認知症だから家族が決める」とする前に、本人がわかるように説明し、本人が決められるように手伝うことを求めています。
ただし、本人が「はい」と答えたり、名前を書けたりすれば、それだけで契約を理解していると判断できるわけではありません。何を理解し、何に同意しているのかを確かめる必要があります。
それでも判断が難しい場合は?
説明を工夫しても、本人が契約の意味や結果を理解して判断することが難しい場合があります。本人が契約を理解して判断できない以上、家族が本人の名前を書いても、それだけでは有効な契約にはなりません。家族全員が賛成していたとしても同じです。本人に代わって契約するには、代理権が必要です。
この場合、成年後見制度の利用などを検討することになります。家庭裁判所が選任した成年後見人は、本人のために施設入所などの契約を行います。保佐人や補助人の場合は、その契約について代理権が与えられているかを確認します。
ただし、成年後見人の選任には時間がかかります。必要な介護を、その間ずっと待てるとは限りません。
選任まで待てない場合は?
成年後見人の選任について、裁判所は、申立てから審判まで、おおむね1~2か月程度と案内していますが、事情によってさらに時間がかかります。申立ての準備や、審判が確定するまでの期間も必要です。
一方、退院の日が迫っていたり、介護していた家族が倒れたりして、すぐに支援が必要になることも。
その場合、「誰が契約するか」と「当面の介護をどう確保するか」は分けて考えましょう。
施設、担当のケアマネジャー、地域包括支援センター、市区町村の担当窓口などに、本人の状態と、いつまでにどのような支援が必要なのかを伝えてください。
法律上の要件を満たす場合には、老人福祉法に基づき、市町村が必要なサービスにつなぐ「措置」が検討されることもあります。本人による契約が難しく、適切な代理人もいない場合などが、その検討対象となります。
ただし、どの施設でも、どのような事情でも利用できる方法ではありません。成年後見制度と措置の役割は、別記事で詳しく取り上げます。
ここで押さえたいのは、本人が契約を理解できないとき、「家族が署名欄を埋めれば解決する」とは考えないことです。
必要な介護を確保するためにも、本人の状態、契約する人の権限、利用できる制度を確認する必要があります。
6.契約する権限があっても、本人の希望を確かめる
家族が施設の契約書に署名するときは、次の三つを確認してください。
- 本人が契約し、家族は代筆するのか。それとも、家族が代理人として契約するのか。
- 本人は契約内容を理解し、同意しているのか。代理の場合は、何に基づいて、どこまでの権限を持っているのか。
- 家族自身が保証人や身元引受人になるのか。その場合、何を引き受けるのか。保証するなら、その範囲や上限はいくらか。
ただし、契約する人と権限が確認できれば、本人の暮らしについて、何を決めてもよいわけではありません。例えば、代理人には入所契約を結ぶ権限があっても、本人は「私は家で暮らしたい」と言っているかもしれません。
本人に代わって契約する権限があるからといって、本人の希望を退けてよいとはいえません。
成年後見人にも、本人の意思を尊重し、心身の状態や生活の状況に配慮する義務があります(民法858条)。本人の希望を確かめることは、法律上も求められています。
とはいえ、本人の希望を尊重することは、家族が際限なく介護を引き受けることでもありません。
母親は「家に帰りたい」と言う。
娘は「自宅では安全に暮らせない」「これ以上介護を続けられない」と考えている。
この食い違いは、誰が契約書に署名するかとは異なる問題です。こうしたときにどう対応するかは、別の記事で考えます。


