
長男には4割、次男には6割。財産を渡したいんです

では、遺言書を作りましょう

ちょっと待ってください!
母親が「長男に4割、次男には6割」と考えたのには、理由がありました。次男には、病院への付き添いや買い物など、何かと世話になっています。その感謝を込めて、長男より少し多く財産を残したいと考えました。
子どもは二人。残す割合も決まりました。 相談を受けた側も「ご希望がはっきりしていますね。では、そのとおり遺言書を作りましょう」と、すぐに作成へ進んでしまいそうです。
けれども、ここで立ち止まらずにそのまま書いてしまうと、後で思わぬ問題にぶつかることがあります。実際に財産をどう分けるか具体的に考え始めると、母親自身も気づいていなかった悩みが浮かび上がってくるからです。
1.自宅はどうする?
母親の財産が、次のようなものだったとします。
| 財産 | 金額 |
|---|---|
| 自宅(土地・建物) | 2,800万円 |
| 預貯金 | 1,200万円 |
| 合計 | 4,000万円 |
合計4,000万円。母親の希望通り6対4で分けるなら、次男が2,400万円、長男が1,600万円です。数字だけなら簡単です。
しかし、母親にはもう一つ希望がありました。

自宅は次男に残したいんです
次男は母親の近くで暮らし、何かと手助けをしてくれています。母親としては、自宅も次男に引き継いでもらいたいと考えているのです。
では、自宅を次男に、預貯金を長男に残したらどうなるでしょう。次男が2,800万円、長男が1,200万円。これでは6対4ではなく、7対3です。
6対4を守るなら、例えば、自宅を次男に取得させる代わりに、次男から長男へ400万円を支払うよう遺言書で定める方法も考えられます。ただし、次男がそのお金を用意できなければ、実行は難しくなります。
自宅を売却して、その代金を預貯金と合わせて分ける方法もあります。けれども、それでは次男に自宅を残すことができません。
母親は、ここで考え込んでしまいます。
・ 次男に6割残したい。
・ 自宅も次男に残したい。
どちらも自分の希望なのに、今ある財産では、そのまま実現するのが難しいのです。
2.財産を分けようとして気づくこと
ここで、母親がなぜ6対4という割合を考えたのか、そして、次男に自宅を残したいと思ったのか、もう少し詳しく見てみましょう。
これまで世話になった次男に、感謝の気持ちを形にして残したい。これが理由なら、必ずしも自宅を次男に残す必要はないかもしれません。自宅を売却して代金を分けても、次男に多く財産を残すという希望は実現できます。
しかし、母親が、次男にあの家で暮らし続けてほしかったとしたら、話は違います。
自宅を売却して6対4に分けても、その希望はかないません。
では、次男自身はどう考えているでしょうか。
次男はすでに自分の家を持っていて、母親の自宅に住むつもりはないかもしれません。反対に、将来は母親の自宅に移り住みたいと思っているかもしれません。
母親の希望だけでなく、次男の暮らしも確かめる必要がありそうです。
こうして一つずつ考えていくと、最初は単純に見えた「次男に6割」という希望の中に、いくつもの思いが含まれていたことがわかります。
- 次男に感謝を伝えたい。
- 次男のこれからの暮らしを助けたい。
- 自宅を残したい。
それらは似ているようで、同じではありません。
そして、すべてを同時に実現できるとも限らないのです。
母親は最初から、自分の希望をすべて整理できていたわけではありません。実際に財産をどう分けるか考えるうちに、自分が何を大切にしたかったのか、少しずつわかってきたのです。
遺言書の内容を考えることは、決まっている希望を紙に書き写すだけの作業ではありません。自分の希望そのものを、具体的にしていく作業でもあるのです。
3.遺言書を作った後も、暮らしは変わっていく
母親が考え抜いて、財産の分け方を決めたとします。
ところが、遺言書を作った後も、母親自身の暮らしは続きます。
今は自宅で暮らしていても、数年後には介護が必要になるかもしれません。子どもたちの暮らしも変わるでしょう。
例えば、次のようなことが起きたら、どうなるでしょうか。
自宅を売却することになったら
母親が介護施設に入るため、自宅を売却することになりました。
遺言書には「自宅を次男に相続させる」と書いてあります。しかし、相続が始まったときには、その自宅はもうありません。
この場合、自宅を次男に相続させるという指定は、原則として効力を失います。自宅を売って残ったお金が、自動的に次男のものになるわけではありません。
遺言書のほかの部分でそのお金の分け方が決まっていなければ、残された相続人が話し合って分けることになります。
母親が次男に残したかったものは、家そのものだったのでしょうか。それとも、その家に相当する財産だったのでしょうか。この違いが、相続の結果を大きく左右します。
預貯金が減ったら
母親は、自宅2,800万円を次男に、預貯金1,200万円を長男に残すと決めていたとします。ところが、介護費用や生活費で預貯金を使い、相続が始まったときには預貯金は300万円しか残っていませんでした。
次男が自宅を受け取り、長男が預貯金を受け取るという分け方自体はできるかもしれません。しかし、長男が受け取る金額は、当初想定していた1,200万円から大きく減っています。
この例では、ほかに財産や債務、生前贈与などがなければ、長男の遺留分は775万円です。遺留分とは、一定の相続人に法律で認められた最低限の取り分のこと。長男が300万円しか受け取れない場合、差額について次男に金銭を請求する問題が生じる可能性もあります。
次男の暮らしが変わったら
次男に自宅を残そうと考えていたのに、その後、次男が遠方に転居しました。
自宅を引き継いだとしても、住む予定はありません。母親は、次男にその家で暮らしてほしいと思っていました。しかし、自宅を次男に残しても、母親が願っていた暮らしは実現しません。
具体的に決める?割合で決める?
ここまで、自宅の売却、預貯金の減少、次男の転居という三つの変化を見てきました。
自宅がなくなれば、次男に自宅を残すという遺言は実現できません。預貯金が減れば、兄弟が受け取る財産の差は、当初の想定より大きくなるかもしれません。そして、次男の暮らしが変われば、自宅を残す理由そのものが変わることもあります。
誰が自宅を受け取るか、誰が預貯金を受け取るか。具体的に決めておけば、財産の行き先は明確になります。しかし、その財産がなくなったり、金額が大きく変わったりすれば、予定していた分け方が実現できないこともあります。
では、6対4という割合だけを指定しておけばよいのでしょうか。
それなら、財産の中身が変わっても、残った財産を6対4で分けるという考え方は維持できます。ただし、自宅が残っていた場合、誰がその自宅を受け取るかは、割合を決めただけでは解決しません。結局、兄弟で具体的な分け方を話し合う必要が生じることもあります。
※ この点については、以前の記事「法定相続分と遺産分割」でも説明しました。
具体的に決めなければ、希望が十分に実現しないことがある。ところが、今ある財産を前提に細かく決めると、将来の変化によって、希望どおりにならないこともある。
遺言書を作るときには、この両方を考える必要があります。
4.自宅がなくなったら、どうしたい?
では、母親は何を決めておけばよいのでしょう。
例えば、母親が一番大切に考えていることが、「次男に自宅を残すこと」だったとします。
その場合、今ある自宅を次男に相続させるという内容を考えることになります。
しかし、将来その自宅を売却した場合はどうでしょう。売却した後に残った財産も、次男に多く渡したいのか。それとも、自宅がなくなったなら、兄弟で半分ずつ分けても構わないのか。
母親の答えによって、遺言書に定めておきたい内容は変わります。
一方、母親が何より大切にしているのが、「次男に財産全体の6割を残すこと」なら、自宅を次男に取得させることには、必ずしもこだわる必要はありません。
その場合は、6対4という割合を守りながら、実際に残る財産をどう分けられるか考えることになります。自宅が残っている場合と、売却している場合とで、財産の分け方を変えることも検討できます。
ただし、こうした内容を遺言書に書くときは、条件や財産の指定が曖昧にならないよう、法律上の効力を持つ形で定める必要があります。
大切なのは、将来の出来事をすべて予測することではありません。それは誰にもできないでしょう。
自宅が残っていたらどうしたいか。売却していたらどうしたいか。そのときも6対4という割合を守りたいか。このような、自分にとって大切な希望を確かめながら、起こりそうな変化について考えておくことです。
もちろん、暮らしや財産が大きく変わったときには、遺言書の内容を見直すことも必要になります。
5.その分け方で、何を実現したいのか
「残された家族が困らないように、遺言書を書きましょう」
よく聞く言葉です。遺言書を作る大切な理由の一つと言えるでしょう。
ただ、家族が何に困らないようにしたいのかによって、必要な備えは違います。自宅をめぐって兄弟が話し合わずに済むようにしたいのか。相続税を支払うお金を確保したいのか。特定の子どもが住み慣れた家で暮らせるようにしたいのか。目的が違えば、財産の分け方も変わります。
遺言書には、誰に何を残すかを書きます。しかし、その分け方が本当に自分の望む結果につながるのかは、財産の金額や割合だけでは判断できません。
なぜ次男に多く残したいのか。なぜ自宅を引き継いでほしいのか。その理由を一つずつ確かめていくことで、初めて、自分が遺言書で実現したいことが見えてきます。
誰に、何を、残すかを書いたとしても、何のためにそう残したいのかがわからなければ、その分け方が本当に自分の希望に合っているかどうかもわかりません。
財産をどう分けるかを具体的に考えることで、自分が本当に望んでいることが見えてくる。そして、その望みが明らかになることで、どのように財産を残すべきかも見えてくるのです。


