「現金なら税務署に分からない」は相続税対策か?

家族が困らないための整理

「銀行に置いておけば税務署に分かってしまう。でも、現金なら分からない」

少し前に、ある方と相続税について話していたとき、そんな言葉を聞きました。

その方は、銀行から少しずつお金を引き出し、使わずに自宅で保管しているというのです。それも、一度に大きな金額を下ろすのではなく、長い期間をかけて、かなりの金額を現金にしておくつもりだそうです。いわゆるタンス預金ですね。

知り合いにも同じようなことをした人がいて、特に問題にならなかった。それなら、自分も相続税対策として使えるのではないか、と。

私は思わず、「それは、絶対にやめた方がいいですよ」とお伝えしました。

税務署に把握されず、申告しないことを当てにした方法を、専門家として勧めるわけにはいきません。そして、気になったのは税金のことだけではありませんでした。

1.大前提:預金を現金にしても、相続税は1円も減りません

例えば、銀行にある3,000万円を引き出し、自宅で保管したとします。

預金は3,000万円減りますが、手元の現金は3,000万円増えます。使わずに保管しているのであれば、本人の財産が減ったわけではありません。お金の置き場所が変わっただけです。その現金が本人の財産として亡くなったときに残っていれば、相続税の対象となる財産に含まれます。現金に変えたという理由で、対象から外れることはありません。

もちろん、すべての相続に相続税がかかるわけではありません。申告や納税が必要かどうかは、ほかの財産や債務、基礎控除なども含めて判断します。

しかし、預金を現金にする行為自体には、相続税を減らす効果はないのです。

2.「税務署に分からなければよい」という方法は?

それでも相続税対策になると考えるのは、「現金なら税務署に把握されずに済むだろう」という見込みがあるからでしょう。

しかし、現金にすれば税務署に把握されないとは限りません。

国税庁が公表している実際の調査事例でも、「被相続人が生前に預金を引き出していたことをきっかけに調査が行われ、相続人宅の金庫から、申告されていなかった多額の現金が発見された事例」がはっきりと紹介されています。相続人は、自宅に隠しておけばバレないと思い、申告から除外していたそうです。この事例は、国税庁の公表資料「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」の9ページ「事例①」(PDFの10枚目)で確認できます。

「同じようなことをした知り合いは大丈夫だった」という話も、あてにはなりません。その知り合いのケースは、単に「基礎控除以下で、もともと申告が不要だった」のか、「単にまだ調査が入っていない(泳がされている)だけ」なのか、事情は誰にも分かりません。「自分も同じようにすれば大丈夫」という根拠にはならないのです。

もちろん、仮に税務署に把握されなかったとしても、申告すべき財産であることは変わりません。

自宅に現金を置くこと自体が問題なのではありません。申告・納税が必要なのに、その現金を申告に含めずに済ませようとすることが問題になるのです。申告漏れがあれば、本来の税金に加え、加算税や延滞税がかかる場合があります。特に、財産を隠すなどして申告しなかった場合には、通常の過少申告加算税などに代えて、重加算税が課されることがあります。

先ほどの国税庁の公表事例でも、現金の存在を税理士にも隠して申告から除外しており、実際に重加算税が課されています。

具体的な節税方法については、税理士に相談していただくことになります。ただ、今回の話は、どの方法なら税金を減らせるかという話ではありません。「現金なら税務署に分からないから、申告せずに済むだろう」という話です。その考えを、専門家として肯定することはできません。

「それは、やめた方がいいと思いますよ」とお伝えしたのは、まず、この理由からです。

3.その現金を、何年も無事に保管できる?

もう一つ考えたいのは、自宅に置いた現金そのものの安全です。

数千万円という現金を、何年も、場合によっては十年以上、保管し続ける。その間には、火災や水害、盗難に遭うおそれがあります。置き場所を変え、その場所を忘れてしまうこともあるかもしれません。本人が急に入院し、自宅へ戻れなくなることも考えられます。

本人には置き場所が分かっていても、家族が知っているとは限りません。

私の知人にも、実家を整理していたとき、処分するつもりだった段ボールから数千万円の現金が出てきた方がいます。家族は、その現金があることを知らなかったそうです。そのときはたまたま見つかりました。しかし、存在を知らなければ、探そうとも思いません。保管の仕方によっては、ほかの物に紛れ、気付かれないまま処分されてしまうおそれもあります。

大切に残していても、家族が見つけられなければ、引き継ぐことはできないのです。

4.見つかった後も残ることは?

では、現金が無事に見つかれば、それで問題は解決するのでしょうか。

実家の整理中に数千万円の現金が出てきたという方の話を聞いたとき、私は「一度、税務署に相談した方がいいですよ」と伝えました。

亡くなった方が残した現金であれば、ほかの財産と合わせて、相続税の申告が必要かを確認することになります。すでに申告を済ませていた場合も、申告に漏れていた現金について、修正申告などが必要になるかを確認しなければなりません。でも、見つけた家族には、その現金がいつからそこにあり、誰が、どのように貯めたものなのか、分からないのです。

本人に聞くことは、もうできません。税理士や税務署に相談するにも、通帳や残された記録を調べ、分かる範囲で事情を整理することになります。

現金を残した本人は経緯を知っていても、受け取る家族は知らない。そのために、家族が一から調べなければならなくなるのです。

5.相続税の申告に対応するのは本人ではない

本人は、「少しずつ現金にしておけば、相続税を減らせる」と考えているのかもしれません。あるいは、税務署と闘うことをポリシーにされている方もいらっしゃるでしょう。

しかし、本人が亡くなった後、その財産について相続税の申告・納税が必要かを判断し、対応する立場になるのは、財産を取得した相続人などです。本人が現金の存在や経緯を伝えていなければ、家族は、必要な情報がないまま財産の確認を進めなければなりません。

申告時点では現金を見つけられず、漏れてしまうことも考えられます。後になって見つかれば、申告内容などを改めて確認することになります。「税務署に分からないようにしておこう」と、本人が判断していたとしても、その判断によって生じた確認や手続きに向き合うのは事情を知らない家族かもしれないのです。

本人の中では相続税対策のつもりでも、事情を知らない家族にとっては「扱いに困る財産を残された」ということになりかねません。

6.家族に残すなら、受け取るときのことまで考えたい

日々の支払いや、いざというときへの備えとして、ある程度の現金を手元に置くことには意味があります。ただ、税務署に把握されないことを期待して、多額の現金を長期間、自宅に置くという話は別です。

預金を現金に変えるだけでは、相続税を減らすことにはなりません。そのうえ、保管中に失ったり、家族に発見されなかったりするおそれがあります。見つかったとしても、事情を知らない家族が、その経緯を調べ、必要な申告などに対応することになります。

少しでも多くの財産を家族に残したいのであれば、税額だけでなく、その財産を家族が「無事に」「困らずに」受け取れるかも考えたいところです。どこに、どのような財産があるのか。いざというとき、家族が確認できるか。その財産について説明できる記録が残っているか。自宅に多額の現金を置いている方は、その金額を手元に置く必要があるのか、保管場所やお金の経緯を家族に引き継げるか、一度見直してみてください。具体的な相続税対策については、税理士に相談してください。

自分の財産をどう保管するかは、自分で決められます。しかし、亡くなった後、その財産を確認し、必要な手続きをするのは、残された家族です。自分には分かっているから大丈夫、では済みません。

財産を単に残すことだけではなく、「家族が困らずに、安心して受け取れるようにすること」。それこそが、本当の相続の準備ではないでしょうか。